〈栃木〉日光 〈前編〉足尾銅山 本山鉱山神社 廃墟・廃神社?
東京の四季の中 東京の四季の中
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 Published On Sep 5, 2024

足尾銅山と田中正造は切っても切り離せない。
足尾銅山鉱毒問題の被害状況を調査した当時51歳の田中正造は、あまりの被害の酷さに鉱毒の解決のために自分の一生を捧げると決心しました。
正造は、何度も国会で訴えましたが鉱毒問題は一向に解決しませんでした。
農民が願い出ても国会で訴えても駄目だと知った正造は、明治天皇への直訴しかないと命がけの覚悟を決めて議員を辞めました。
正造は、正装で天皇に駆け寄りましたが直ぐに警官に捕まってしまいました。
しかし、この事件がきっかけとなって世論が盛り上がり、とうとう政府は鉱毒調査会を作ることになったのです。
田中正造は、この問題を解決するために73歳で息をひきとるまで身を捧げて運動を展開し正義を貫き通したのです。

本山鉱山神社は台風の後で「ヤバいかなぁ」という不安はあったんだけど自分の都合で「今日しかない!」と思って行きましたよ。地面が泥濘んでるかもしれないとは思ったけど草木の暴走は「マジかぁ…」って感じだった。最近ホントに熊の目撃ニュースが多くて廃寺や廃神社などの探索が容易ではなくなったから困ってる。
YouTubeの内容の路線を変えるべきか考え中。

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